

ヴェールの彼方
「顕現は幻想を内包する」 顕現されるものの種は、ベールの彼方からやってくるといわれています。 ベールのこちら側がいわゆる物資世界、マーヤ、幻想の世界。 純粋な種がこちらの世界で顕現するときは、その純粋さに覆いがかけられていいます。...


Beingへ
「神にとっては全てが美しくて、良くて、正しい。ただ人間が、あるものは正しく、あるものは正しくないと思うだけである。」 これは紀元前哲学者ヘラクレイトスの言葉です。 神がその様に全てを見ているように、神自身が「善であり美です。」 神は状態です。Beingです。 人間はその様になろうと試行錯誤するDoingです。 このDoing を通し、そこへ至る道を見つけ出そうとしますが、Doingの時は決してわかりません。 そのDoingを手放した時に、Beingが訪れます。 じゃあ、最初から何もしないでいたらいいのかと思うと、そうではなくDoingする事により、手放すものを得ることができ、Beingになる種が育ちます。 なんとも不条理に感じるかもしれませんが、宇宙の条理はこのようなものです。 全ての体験する事、知識を得ることはそれを手放す為に必要なんですね。 手放すためにそれがあると言ってもいいですね。 もし、手放す事が出来なかったら、ずっとそのままの状態にいるのでしょうか? いえいえ、宇宙は親切です。 宇宙のリズムに合うように、ちゃんと気づ


「道」
日本には、”道”がつくものがたくさん有りますね。 茶道、華道、香道、柔道、剣道、合気道などなど…… 道がつくからには、どこかに向かうという風景がみえて来ます。 それは、自分を知るという事、宇宙を知るという事、神を知るという事なのかもしれません。 その道を歩み始めると、初めは歩むために必要な沢山の知識を必要とし、得て行きますが、歩みを進めるうちに今度は逆に手放していくようになります。 そのGoalにたどり着くには、「私」というものさえいらなくなってい来ます。「私」があると辿りつけないのが「道」です。 だから、道を極めた人は、神々しく見えるのかもしれませんね。 知識を求めると、次第に何かが増えていく、道を求めると、次第に何かを捨てていくことにつながる。 - 老子 - 〜Lucis Sylva 徒然便り103より〜 「光の道イニシエーション」の開催です。 3/3 ~ 3/4 古代より世界各地で、新しいエネルギーレベル/ステージに入る時にイニシエーションが行われていました。純粋な奉仕したいという


真我へと
個としての自我が目覚めた時、自分と他人、内側と外側とういう分離が始まり、自分を外に、他人に映しはじめます。 物心がつき、「私」という主体を持った時より、この分離の世界の中で生きるという事が始まります。 そして、分離のその中に分離が無いものを内包していることに気付いた時より...


謹賀新年
新年明けましておめでとうございます。 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。 皆様にとって幸多き年となりますようにお祈り申し上げます。




















