

あえて「余白」を作る Dare to create “ YOHAKU" (blank spaces)
先日、NHKで放送していた日本発のボーカロイドカルチャーについての番組の中で、「実態がないからこそ自由になれる、自分を表現する自由を与えてくれる、無機質だからこそ自分から歩み寄れる…..」など世界中の若者たちが熱狂している様子が映し出されていました。 専門家は、これは日本が持って「余白の文化」に通づるとう話が興味深かったです。 世の中の先の見えないこの渦のような流れの中で、「余白」というものが世界の中で重要なパーツになってきているように思います。 「余白」とは、意図的に「余白」を作ることで生まれる美しさや創造性を重視する考え方であり、特に日本は昔からこの「余白」が日本の美意識、芸術、建築、哲学などに深く根付いていると言われています。 答えを押し付けることなく、その余白があるからこそ広がる何かがあるということを大事にして きました。 「詫び寂び」もその一つでしょうか。 不完全や未完成や静寂の中に美を見出していく。 あえて空間を開けて、そこに想像力や感受性を引き出し、自ら埋めていくなど。 まさに今これが求められているのではないでしょうか 。 デジ




















