

光のピラー PILLARS OF LIGHT
一段、一段と階段を昇っていた。 昇る毎に、光の輝き方が強烈になっていくのを感じていた。 だいぶ昇った頃、その光の中で、少し休みをとり思い出していた。 私は、白と黒(ヤキンとボアズ)の柱を通って、この階段を登ってきた。 何の躊躇もなく、むしろ喜んで、その一歩を踏み出した。 踏み出した途端、右に、左に、光に、闇に大きく振り動かされ、二極の洗礼を否応もなく受けた。 挫折、高揚、喜び、悲しみ、怒り、許し、愛、色々な感情の色に浸かった。 歩く毎に、その衝撃が和らいだように感じた、そして浸かった色も薄くなっていった。 この洗礼により、どんなに揺さぶられようとも必ず中心軸に戻れるキーを手に入れた。 そして、先に進むことができ、今ここにある。 まだ、二極の領域だが怖くはない。 なぜなら、私は前方上を見上げている。 その先には、1つの大きな柱がある。 光輝く柱がある。 帰るべきところがある。 そんな夢を見た。 I was climbing the stairs, one step at a time. As he ascended, he felt the glo


秩序あるものは美しい WHAT IS IN ORDER IS BEAUTIFUL
宇宙は秩序の中にあります。 その秩序を保っているのは、変化です。 変化しながら、決して変化することのないものを保っています。 その変化しないもの、そこに創造主=The God(The All)が宇宙を創造した理由があるのかもしれません。 我々も宇宙の中に住まう一員として、この秩序の中にいます。 振動数(波動)を変えながら、光が増える方へと変化・変容するようになっています。 自ら意識してそれを起こしているのか、それともその流れの波が外部からきて気づくのかが問われています。 高次元の存在達はこれを「あなた方の意志・選択」といっています。 自分の高我の意志の力を行使して、選択していく。 状況や他人の意思や概念など外部的要因によって動かされているのではなく、精神性、波動を高め動かしていく方になっていく。結果ではなく、原因を作る側になっていく。 これが、これから宇宙の意識と繋がっていく上でも大事な要因の一つになっていくのかもしれません。 「秩序あるものは、全て美しい」 これは、高次元の存在からもらった言葉です。 美しくあるためにも、光が増えるように変化し続


アップグレードの鍵はチャレンジ Challenge is the key to upgrade
「あれ」「これ」などの言葉が最近増えてきたとか、何をしようとしていたんだっけと部屋の中で立ち止まったりと、記憶の低下を感じている方も多いかと思います。私もよくあります。 前頭葉とか海馬の働きが悪くなっているとこのようなことが起こるらしいのですが、歳をとったから脳機能が衰えていくんがから仕方がないと諦めたり、がっかりすることはないようです。 歳を重ねたからこそ、違う部分が活性化していくという脳科学者の記事を読みました。 「線条体」というものが脳の中にあり、経験値を餌に活性化していくそうで、これがドーパミンとつながって「やる気」の中核となっていくそうです。ミドルエイジからがやる気が上がるようです。 また、歳を取らないと伸びない知性があり、これを「クリスタルインテリジェンス」というそうです。(素敵なネーミング) 知識、経験、知恵が合わさり、これが人生観などの深い知性として育っていくようです。 ただ、「線条体」も「クリスタルインテリジェンス」も活性化する必要があります。その鍵は、 新しいことにチャレンジ することだそうです。マンネリは大敵らしいですよ。.


2022年新年のメッセージ (Master ISIS)
分断からユニティーに向かう流れの中で、様々なところで解放というイベントが始まっています。 それは、個人の中にもまた、人類の中にも、国の中にも見られることでしょう。 解放はいままで閉じ込められていたエネルギーの発出です。 そのエネルギーをどこに向けるのか、大きなうねりの中にゆだねるのか、それとも自身の意図をもって流出するのかによって、これからの生き方が大きく変わっていきます。 新たな自分が誕生していくように感じる人もいます。 しがらみや、執着や、思い込み、かたくなさなどが解放の重い蓋になっています。 それが、解放する際に痛みに感じてしまいます。 どうぞ自ら進んでそれらを手放していくようにしてみてください。 分断のゲームは、ユニティーへと向かう為に顕われている現象です。 その中に入ることを選択する人々もいます。 どうぞその方々を避難したり、また自分が優越感に囚われることのないようにいてください。 それよりも、新しい世界をどのように創造参加していきたいかにベクトルを変えてください。 これからの時代の鍵がDNAに刻み込まれている人々は、その記憶が呼び起さ


利他的奉仕
最近、よく「利他」という言葉を耳にする機会が多くなってきました。 今までの自分主義や自国主義に振れていたベクトルが、やっと反対のベクトルに切り替わってきたのかなと感じております。 「利他」をネットで調べると、他人に利益となるように、自分のことよりも他人の幸福を願うこととか、仏教用語では、人々に功徳・利益や徳を施して救済することなどと出てきます。 よく「人の幸せのために」をお題目にして奉仕活動されている方がおります(スピリチュアルやってますという人に多く見受けられますね。)本当に素晴らしい志ですね。 ただ、本人が辛そうで、全然幸せそうではない姿を見ることが多くあり、まるで自己犠牲を払うことを前提とししないと利他的奉仕ができないようにも見えたりもします。 先日朝日地球会議で青山学院大学教授の福岡伸一先生が、コウモリの「利他的共生」についてお話しされているのを聞いて、まさにそれ!!それ!!とガッテンしてしまいました。 お話では、たくさん血を吸ったコウモリは、吸えなかったコウモリに分け与えることをするとのことで、しかも役割が固定しているわけでもなく、血縁




















