

騙す人、騙される人―形而上学から考える「私たちは何を現実だと思っているのか」 Deceivers and Deceived: A Metaphysical Perspective on "What Do We Perceive as Reality?"
詐欺被害のニュースが、毎日のように報道されています。 そして私自身も最近、詐欺と思われる電話を受け、もう少しで被害につながるところだった、という経験をしました。 「まさか自分が」と思う一方で、その経験を通して、あらためて考えさせられたことがありました。 人は、なぜ人を騙すのでしょう。 そして、なぜ人は騙されるのでしょう。 嘘をつかれたこと。 信じていた人に裏切られたこと。 あるいは、詐欺に遭ってしまったこと。 私たちはこうした出来事に出会うと、 「どうして見抜けなかったのだろう」 「なぜ信じてしまったのだろう」 「私の見る目がなかったのだろうか」 と、自分自身を責めてしまうことがあります。 けれど形而上学的にこの問題を考えていくと、もう少し深い問いが見えてきます。 それは、「私たちは、いったい何を“現実”だと思って生きているのか」 という問いです。 なお、ここでいう形而上学とは、目に見える現象の奥にある構造や、意識のはたらきそのものを問う探究のことを指しています。 私たちは「現実そのもの」を見ているのか 私たちは普段、自分は世界をそのま




















