利他的奉仕

最近、よく「利他」という言葉を耳にする機会が多くなってきました。

今までの自分主義や自国主義に振れていたベクトルが、やっと反対のベクトルに切り替わってきたのかなと感じております。

「利他」をネットで調べると、他人に利益となるように、自分のことよりも他人の幸福を願うこととか、仏教用語では、人々に功徳・利益や徳を施して救済することなどと出てきます。


よく「人の幸せのために」をお題目にして奉仕活動されている方がおります(スピリチュアルやってますという人に多く見受けられますね。)本当に素晴らしい志ですね。

ただ、本人が辛そうで、全然幸せそうではない姿を見ることが多くあり、まるで自己犠牲を払うことを前提とししないと利他的奉仕ができないようにも見えたりもします。


先日朝日地球会議で青山学院大学教授の福岡伸一先生が、コウモリの「利他的共生」についてお話しされているのを聞いて、まさにそれ!!それ!!とガッテンしてしまいました。

お話では、たくさん血を吸ったコウモリは、吸えなかったコウモリに分け与えることをするとのことで、しかも役割が固定しているわけでもなく、血縁からおこる事でもなく、自然にそういった事が起こっているそうです。


まず、自分が十分に分け与えられるものがなければ、本当の利他にはならないのではないでしょうか。

自己満足を求めることや、何らかの自分の罪の意識からの解放のために、自己犠牲的精神から利他的行動を行うことは、決して利他ではないように思います。

それは、美しい言葉の裏に隠れた利己主義的行動になってしまいますね。


自分自身を十分にエンパワーし、余剰分を必要なところに条件付けることなく分け与えることが、これからの利他的な生き方、利他的奉仕になるのではないかと思っています。